| 東京裁判 [DVD] 東京コンサーツ |
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定価:¥ 3,990 (税込み) 価格:¥ 3,257 (税込み) OFF:¥ 733円 ( 18 %)
メディア :DVD メーカー:キングレコード アーティスト:東京コンサーツ リリース:2004-08-04
発送可能時期など: 通常24時間以内に発送
ユーズド価格:¥ 2,891~ (税込み)
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| ユーザーレビュー |
【とにかく観よう。判断は私たち。 (2008-04-10)】 とにかく、観よう。
このDVDを発見した 私たちは幸せ。
あの時代を語る人たちが 今や、地球上からいなくなっている。
ましてや、目と耳で記録されている資料がこれだけ残っていたとは。
宝物の中から、取捨選択、とにかく まとめあげた制作者諸氏よ。
心より、感謝。
ありがたや、ありがたや。
鬼畜米英、日本国民を駆り立てた馬力。
膨大なフィルムは残っていたのは当然と言えば当然。
私たちは
知らなすぎることが多すぎる。
「百聞は一見に如かず」
日本国のあの時代を、
キチッと私たちなりに整理して 判断しないといけない。
「東京裁判」を映像化するという大冒険。
最後の判断は私たちがしないといけない。
それにしても、小林正樹監督、膨大なる資料をまとめあげる総責任者として歴史に残るだろう。
ナレーターは佐藤慶。。
佐藤慶にとっても人生に二度と出会えぬ大仕事。
映像と、ナレーション。
大東亜大戦争に突入前、突入後、最後。その後。
そもそも。
「戦争」を裁判することは可能なのか。
ここに宝物あり。
昭和天皇の終戦の詔が朗々とひびいてくる・・・ |
【極東裁判「再考」 (2007-05-27)】 この映画を観て思ったことは、
1)この裁判が「政治のショー」であったということはその通り。一般市民への無差別爆撃や原爆投下を行った米国の所業が、ナチスドイツのホロコーストの所業との意味合いの違いを言い立てても虚しく無意味なのは万人が認めると思う。すると、その米国が日本を裁くという行為は、もとより容認できるものではない。2)しかし、310万人とも言われる日本人の犠牲者の多くが一般市民の死と、兵隊の餓死・戦病死で占められていると言う事実を考えると、当時の日本の軍部、特に陸軍が、「国防」以上に、自分たちの利権や存在理由の為に国民を犠牲にした点は否めない。すると誰かが裁かずには形にならない以上、たとえ「ショー」であっても、戦勝国以外に裁く主体は存在しないのだからやむを得なかった点もある。またアジア諸国の犠牲者は一概に日本軍だけのせいではないが、その責任を日本は否定できないのだから自国で自国を裁くことは出来ない以上戦勝国に裁かれる外は無い。「平和に対する罪」という事後立法による裁きの不整合を言い立てても、やってしまった所業の前では、それは小理屈に過ぎない。3)昭和天皇の存在は、戦後日本の復興に間違いなく大きく寄与したのだから、この類稀な帝王を存命せしめたことは結果的には良かったが、筋論として端から「法廷外」に置いたことはおかしい。これは政治的配慮あって、論理的整合性は無い。4)戦勝国米国の各担当は、日本の立場をかなり慮って復興に寄与し、裁判の弁護も徹底してくれたことは評価できる。5)第2次大戦終結まで、或いはベトナム戦争終結まで、「大国の暴力による制覇」が国際社会の「文法」だったことは間違いない。戦前日本の身に余る軍備と大陸進出は、斯様な「弱肉強食」の世界の中での上手とは言えない対応だった。だが今日の尺度で、日本だけを悪徳国家のように裁く発言は、明らかにおかしい。そういう発想は思想の問題ではなく、単に間違っている。
多くを考えさせてくれる良い映画だ。 |
【■戦争因果をレビューする稀有な「視点」を持つ戦争法廷映画 (2007-01-13)】 ■やはり戦争は、不毛である。このような裁判は、戦争の無意味性の中で死んでいった人間に対する新たな冒涜になるのかもしれない。つまり、このような裁判をする理性のある文明同志が、国家の発動による戦争を引き起こし、多くの生命や資源を戦争目的に徴発していったという愚かな事実を、死者たちはどのようにも受け止められないと思うからだ。戦後の復興、経済的発展の今を考えると、ますます先の戦争で亡くなられた人の「無意味」「無念」に、思いが沈んでしまう。東京裁判は、本来、戦争参加国、総懺悔の恥ずかしいイベントでなければならなかったのだろう。この映画は、できたら、そのような「参加国総懺悔史観」で、企画編集してもらいたかった。戦争を引き起こした日本が、改めて「戦勝国主導裁判」を批判する映画を作っても仕方がないと思う。
■日本国憲法の「国家の発動による戦争」を禁じることに民意が共感するのは、この映画のように、人間を、「妙な覚悟」に駆り立てて、相手を殺さなければ、自分や同胞を守れないという戦場空間・環境に、強制的に人間を徴発するからである。戦場は、本人の覚悟に関係なく、戦争継続を意思する相手を殺すことで、相手の自分への攻撃を終わらなければ、殺し合いが終わらないゲーム空間である。国家に、このようなゲーム空間を作る決断、そこに国民の生命・財産を強制投入できる権限を与えるか、否かが、「憲法9条」の選択の本質である。自らの自衛権の制限にまで及ぶ、「平和憲法」=「9条」の非武装非戦思想は、このような悲劇の反動として確立されたのだろう。改めて戦場という環境を作り出さない努力、すなわち平和の維持の大切さを痛感させる、本当に秀逸な「戦場」映画だった。
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